米さん

イメージこそが存在である。

まいど!から始まるメールが来ると、何故かいまでも緊張する。数年前、教え子と飲んだときにそいつが言った「メールが来て、受信フォルダをあけてそこに大西って書いてあったら、なにをしていても震えあがったもんです」。なにを馬鹿なと思ったがその気持ちがいまよくわかる(震えあがるわけではないが)。

ロデオの魂が米さんから木村の体内に引き継がれて三ヶ月ほど経つが、それでもなお、と言うより、寧ろなお、その影響力は大きい。


おまえ、米さんいたらキレてんぞ。

お母さんが子どもに言う「神様が見てるよ」の決まり文句ではないが、もはやロデオでは神様と対等の如く扱われる(言い過ぎ)。ただ、あの人がいたら多分こんなことを言ったのではないか、この人がいたら多分こういうことをしたのではないかというイメージは、実は「人が存在するとは?」という、ともすれば大変に哲学的な問いにおける的を得た解となり得るのではないか。

イメージの強さは、存在の強さである。まいど!とは周囲が抱く米さんそのものの存在なのである。

なーんてことを、仕事もせずに思い巡らす夕方6時。いまから十号ホルモンです。チャリだから雨降らせないでね、米さん、じゃなくて神様。

Advertisements

Leave a Reply

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out / Change )

Twitter picture

You are commenting using your Twitter account. Log Out / Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out / Change )

Google+ photo

You are commenting using your Google+ account. Log Out / Change )

Connecting to %s